医経統合コンサルタント 根本和馬

略歴

2005年8月経営戦略研究所の第1号社員として入社。

2006年1月…コンサルタントとして本格的に活動開始。コンサルティング開始まもなく、クライアント数20件という結果を出す。

2007年4月…新人スタッフ向けセミナー「歯科医院新人スタッフ研修」を発表
メイン講師を務める。同セミナーは発表以降、わずか4年で1,600名が受講している。

2008年4月…通年制新人スタッフ向けセミナー「歯科医院新人スタッフ育成塾」を発表
メイン講師を務める。約400名が「仕事美人」として活躍中。
※尚、「仕事美人」は商標登録されている。【商標登録第5348509号】

2010年1月医科コンサルティングを開始。内科、眼科のコンサルティングを実施中。「経験なし、知名度ゼロ」から、たった1年で医科クライアントが8件という結果を出す。

2011年2月現在、歯科クライアント20件、医科クライアント8件という多忙ぶりで、2012年3月まで予定が入っている人気コンサルタントとして活動中。

メディア

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※2011年2月現在、医師・歯科医師130名以上が「いいね!」と言って下さる、 医院経営に関する日本最大級のファンページです。もしよろしければ「いいね!」を お願い致します。

さらに詳しく

「内部から医院を変えていくのは難しい。それであれば、外部からアドバイスが出来るような立場として、ひとつでも多くの医院を良くしていきたい!」

これが私が経営コンサルタントを志した理由です。

実は私は元々皆さんと同じ、医療従事者です。2003年4月から2005年8月までの間、私は横浜にある精神科病院で「精神保健福祉士」(俗に言う“ケースワーカー”“相談員”です)として働いていました。

仕事に対しての意識、病院に対する愛着心は、当時から決して低くなかった私は、病院入社後間もなく、「病院でこんな取り組みを実施した方が良い」「医院の体制は、このように変えた方が良い」という事を口頭だけではなく、レポートという形で、私の直属の上司である相談室長だけでなく、看護部長、事務部長、院長に提出するような人材でした。もちろんそれらのレポートは、診療時間が終わった後、徹夜したり、休日に自宅のパソコンで作ったりしたものです。

私の感覚では、これらの取り組みをする人材は「組織の事を少しでも良くしようと考え、行動してくれる、組織にとっては有望な人材」と評価されるものだと思っていましたが、そこまで現実は甘くなく、時にはレポートを読んだ院長に呼び出され、「キミはまだまだ若いし、キミの言う事の80%は間違っているんだから、上司の言う事をそのままやっていれば良いのだよ」と、褒められるどころか、逆にお叱りを受けていました。

これらの積み重ねが、冒頭の思いに繋がっていくのです。

「外部から経営のアドバイスが出来るようになりたい!」と思ったものの、私は大学は心理学部出身であり、経営の「け」の字も知りませんでしたので、本屋で、いわゆる「ネコでも分かる経営のイロハ」のような、経営に関する初級本を読んで独学しながら、主にインターネットを使って、経営コンサルティング会社を調べる日々を送っていました。

そんなある日、ある記事と運命的な出会いがありました。

「全国を飛び回る歯科コンサルタントのサポートをしていただくお仕事です」

就職情報誌『アイデム』に掲載されていた、ひとつの募集記事に、私の目は釘付けになりました。

この時初めて「歯科医院のコンサルタントなんて仕事があるんだ」という事を知りました。 まさかその後、どっぷりこの世界に浸かるとも知らず。

「思い立ったらすぐ行動」の信条である私。この求人記事を見つけるとすぐに履歴書を書いて送りました。そして数日後代表の岩渕との面談の経て、晴れて、2005年8月に経営戦略研究所の第1号社員として入社しました。

2006年から本格的に経営コンサルタントとして活動を開始しましたが、ここからの数年間は正に
「泥にまみれる」ように仕事をしていました。もちろん時には心が折れそうな事も何度もありましたし、疲労がたまって体調を崩し、救急車のお世話になった事もありました。

しかしそれはある意味、当然の事です。歯科医師でもなく、歯科医院を経営している訳でもなく、自分よりも年上の人達に対して「先生、医院が良くなるために、このような事が必要ですよ」とアドバイスし、そのアドバイス如何によっては、医院の方向性が右にも左にも大きく変わっていくのです。それは即ち、クライアントの院長先生だけでなく、スタッフ様の人生も大きく変えてしまうという事です。

その覚悟と行動によって、コンサルタントとして4年目あたりから、続々と地域一番歯科医院(年間医業収入1億円の医院)を輩出する事が出来ました。今では私のクライアント様の殆どが、地域一番医院です。具体的にはこのような成果を出しています。

今では、(もちろん医院の状態によって異なりますが)初回コンサルティングの時点で、その医院がどのようなプロセスで地域一番を目指していくと良いのかの道筋が見えてくるようになりました。

そしてこの歯科業界での経験を生かして、2009年末から、私は医科のコンサルティングに挑戦しています。

現在、弊社において医科のコンサルティングを実施しているのは私だけです。

2010年から医科のコンサルティングを拡げるべく
「医経統合実践会」を設立、主宰を務めております。

医経統合実践会は「スタッフが院長の目指す医院や診療レベルを理解し、その実現のために スタッフ全員で力を合わせ、院長、スタッフがキラキラと輝きながら仕事が出来る医院の創設」を目的にしています。

医科のコンサルティングを拡げる活動の一環として、2010年の9月23日、大ベストセラー『日本でいちばん大切にしたい会社』の著者である、坂本光司先生をゲスト講師にお招きし、「医経統合実践セミナー~日本でいちばん大切にしたい医院を目指して~」を実施しました。当日は祝日にも関わらず、70名を超える方々にご参加頂きました。

更に、2011年9月23日(金・祝日)医経統合実践セミナーは、『日本でいちばん大切にしたい会社2』でも取り上げられている、医療法人鉄蕉会 理事長 亀田隆明先生にゲスト講師を務めて頂く事が既に決定しております。ご家族、お知り合いに医科クリニックをご開業されている先生がいらっしゃいましたら、ぜひセミナーの参加をお勧め頂きますよう、よろしくお願い致します!(歯科の先生のご参加につきましては、私のクライアント様限定でのご案内となります。ご了承下さい)

最後に

実は私は生後2歳から喘息を発症しました。

「喘息」と聞くと、成長していくにつれて、次第に症状が改善されるイメージがありますが、私が最後に入院したのが20歳であった事を考えると、どちらと言うと、症状の重い喘息だったように思います。

喘息の発作というのは、想像を絶する苦しみがあります。発作を起こす度に「今日で死ぬんだな」と
本気で思いましたし、同時に「こんな苦しみを経験する位なら、生まれてこない方がマシだ」「周りのみんなは健康なのに、何で自分ばかりがこんな身体なのか」と、何度も自分も周囲も恨みました。

しかし症状も落ち着き、冷静に振り返る事の出来る今だからこそ「私がこんな身体でこの世に生まれ、ここまで苦しんだのは、意味がある事なのではないか」「病弱な私をここまで健康な身体に戻してくれた医療に感謝したい」と思う事が出来ます。

その思いが、今の私の仕事への志である「医療業界で働く全ての人に、無限の気付きと無限の豊かさを提供する」という事に繋がっているのです。

この志を胸に、これからも医経統合医院、地域一番医院を創っていきたいと思います。
今後共、どうぞよろしくお願い致します!

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